Kultur und Handball im Europa 2005/06 Saison
Aus Deutschland, Daennemark, Schweden, Norwegen, und Schweiz
ヨーロッパの2005/06年年末年始 文化とハンドボール最新情報
今回、ご縁があり、埼玉県の高校生選抜チームのスウェーデン遠征を見学しに行くことになりました。
もちろん、自費でですが・・・・・・<ルフトハンザ・ドイツ航空のマイレージが貯まり、無料航空券が手に入ったのもきっかけとなりましたが・・・>
12月24日(土)に成田を出発し、まずはドイツ連邦共和国ベルリンでクリスマスを過ごします。クリスマスあけやらぬ(ドイツでは公式なクリスマス祝日は25日と26日の2日間です)12月26日(月)に、何とザクセンアンハルト州の州都マグデブルクで、ご当地チームS.C.Magdeburg (マグデブルク)と GWD Minden(ミンデン) のブンデス・リガ公式戦を見ることになっています。この入場券を手配してくれたのは、旅行会社ではなく、夏のドイツ滞在の際にお世話になった、Matthias Siebert (マチアス ズィーベルト)さんです!
彼は、1990年代後半に横浜等で開催されたJapan-Cupに、S.C.Magdeburg の帯同カメラマン(中部ドイツ放送)として来られた方なのです!また、S.C.Magdeburg には、ドイツナショナルの左サイドとして名をはせ、アテネオリンピック銀メダリストしてナショナルを引退した、Stefan Kretzchmar (シュテファン クレッチュマー)がいることでも有名です。私は、クレッチュマーの大Fanで、彼の美技と素直で優しい人間性を高く評価しています。
【右の写真の右側がズィーベルトさん、左側は南木/2005年8月ハレにて撮影】
12月27日(火)にベルリンよりスカンジナビア航空でデンマークの首都コペンハーゲン(デンマーク語でケペンハウン)を経由して、スウェーデン(スウェーデン語でSverige<スヴェリエ>)のLund(ルント)に入ります。そこで、30日まで埼玉県選抜の試合等を見学する予定です。同じくハンドボールの伝統国ノルウェイ(ノルウェイ語でNorge<ノルゲ>)やデンマーク(デンマーク語でDanmark<ダンマルク>)にも行けたらいいなと思っています。
12月30日(金)には、ルントからデンマークを経てドイツに再び入りベルリンに戻ります。
そして、最後の訪問国スイスのチューリヒに向けて City Night Line (略称CNL)という夜行列車に乗りこむ予定です。
スイスで大晦日(Silvestertag <ズィルフェスターターク>)を静かに過ごして新年を迎え、新年は、1985年に欧州から帰国した際に飛行機の中で知り合った、 St. Gallen (ザンクト・ガレン)大学の体育教諭、Leonz Eder (レオンツ エーデル)さんに会う予定です。
【2004年8月、ザンクト・ガレン大学にて、右側がレオンツ・エーデル先生】
出発進行!! / Abfahrten
12月24日(土) / Samstag, d. 24, Dezember, 2005
本日は、朝から寒く、しかも、ビデオを持って来たのにバッテリーと充電器を忘れる、1眼レフのカメラを持って来たのに充電器を忘れる、コンパクトデジカメを忘れる等、20数回目の旅行にして忘れ物が目立ちました。場所が場所なら、ミスが多いと頭ごなしに怒られ、人間失格かのような烙印を押されかねませんが(いやですねぇまったく!)、私の人生哲学は、「人間は神ではないのだから『絶対』などありえない」ですので、神が何かを私に悟らせるべく忘れたと考え、常に前向きに考えていこうと思います。(つまりはノー天気??)
また、このコーナーの目的は、相模原ハンドボールクラブの会員の皆さんとインターネットを通じて心を通わせるために書いておりますので、ご了解を頂きたいと思います。
本日、アップロードが遅れたのには理由があります。新潟県の大雪のおかげで、いつもの飛行ルートが変わり、成田を離陸後、新潟に向かわず函館上空、札幌上空を経由して日本海に出ました。そして、ほとんど北極海すれすれを飛んで、フィンランド上空へと入ったのでした。その結果、インターネットの「圏外」となり、通信そのものができなかったのです。これも驚きでした。まもなく「夕食」の時間なので、一旦中断します。
現在、フランクフルト空港のラウンジで、次のベルリン(テーゲル空港)行の搭乗を待っています。ボーダフォンの有線LANサービス(30分約5オイロ,750円)に接続しアップロードしています。
12月25日(日) / Sonntag, d. 25, Dezember, 2005
本日は、朝から好天に恵まれ、しかも気温も高く爽やかな朝でした。日本の方がずっと寒いですね。ヨーロッパ・スタイルのホテルの話を少ししましょう。歴史のあるヨーロピアンスタイルのホテルでは、アメリカンスタイルのホテルと違い、受付には3種類の係りがおり、それぞれ仕事を分担しています。違う係に間違って頼むと、まったく相手にしてくれません。このような状況に、「サービスがなっていない」というのはアメリカ流の考え方なのです。つまり、他人の仕事を奪うことは、他人の生活をも奪うことになるのですから・・・・・
さて、3つの係とは、@受付(宿泊客への事務、客室の割り振り等),Aコンシェルジェ(よろず相談係、苦情も受け付けます。コンサートのチケット手配や、レストランの紹介と代行予約、頼めば、テレビ番組の録画までしてくれます。ただ、仕事量に応じてチップを支払うのがマナーです),Bドアマン(ポルティエ,ベルキャプテン等とも呼ばれることがあります。彼らは、ホテルの入口にいて、客の荷物を運んだり、タクシーを手配したりします)です。
右の写真では、中央の男性がコンシェルジェ(Concierge)で、襟にコンシェルジェであることを示す、鍵のマークのバッチをつけています。彼の両隣は、受付の人達です。このコンシェルジェは、ヘッセン州の出身で、10年前は、故郷の2部チームでハンドボールの選手(右サイド)をしていたのだそうです。こんな所からも、ドイツのハンドボール人口の多さに気づかされますねぇ。何でも、ドイツ人の50人に1人はハンドボール経験者だそうです。ちなみにデンマークは4人に1人で、日本は、1万人に1人とか?

左より、ドイツ統一前の西側の目抜き通りだった、クーダム(クーフュアシュテンダム), バス停には、最新鋭のバス到着時刻案内板が, Sバーン「ウンター・デン・リンデン駅」入口を示す戦前からある看板, ウンター・デン・リンデン通りをアレキザンダープラッツ方面を見る。中央左側に見える放送塔(フェルンゼートゥルム/
Fernsehturm)は、旧東ドイツ(DDR)が国の威信をかけて建設したもの。歩行者用信号を良く見てください。赤信号を示すのは、旧東ドイツの信号で見られた「アンペルメンヒェン(信号用の人型))」。一時、この信号も西側(日本の歩行者用信号に似た)の素っ気無いものに変えられたが、「何でも旧東ドイツのものが悪いわけではない」という運動が起き、この、「歩行者用信号の人型(アンペルメンヒェン/
Ampelmanchen)」は、そのシンボルとなったのです。

左より、Reichstag/ Bundestag(帝国/連邦国会議事堂)頂上部分, ブランデンブルク門, 大統領宮殿(ベルヴー)

左の写真は、フェルンゼートゥルム(Fernsehturm)より見た景色。シュプレー川に沿って建つ火力発電所からは白煙があがっていた。ベルリンは「川の町」とも言えるくらい川(運河)が多いのです。第二次大戦末期、ヒトラーはソ連軍の地下鉄(実際はSバーン)総統官邸突入を阻止するために、わざと運河の水門を開け、地下鉄を水浸しにしたという話が残っている。第二次大戦では、ベルリンは日本の沖縄のように死闘が繰り返された戦場と化したのです。
中央の写真は、元西側の唯一の鉄道の玄関口であった「ツォーロギッシェルガルテン(動物園駅)」DB(ドイツ鉄道株式会社:ドイツは日本の「真似」をして、国鉄を民営化したが、日本のように分割せず、一括民営化を果たした。)の大都市近郊用車両は現在では殆ど2階建て車両となった。「ジャガイモ(乗客)を運ぶ」という発想から抜けない日本では、座席のない車両を創造する等、人間はどこかに行ってしまっている。車掌も女性が多く、ドアの開閉も日本のように最後尾の車掌室から行うのではなく、車両中央付近から行うなど日本とは全く異なる。もちろん、「改札口」はなく、長距離列車は全て「車内改札」で、短距離電車は乗客の自己管理に任されている。もちろん、結構頻繁に抜き打ち検札があり、切符を「エントヴェルテン(刻印機で日付等の情報を刻印すること)」していないと、理由の如何にかかわらず、高額な罰金を支払わさえる。
右は、ベルリンの主要な空港である、「テーゲル空港(Flughafen Tegel)」。こぢんまりとしている空港で、とても首都の空港とは思えない。驚くべきは、この空港は滑走路が短いためジャンボ機の離発着ができないのである。

ベルリンの目抜き通りだった、クーダムの夜景。ヨーロッパでは、このように、クリスマス前のアドヴェントから、新年開けの4日くらいまで、電光装飾をするのが一般的。これは、公共の道路や広場のみならず、個人の家も光で飾る人が多い。現代の日本でも見られるようになってきましたね。
左側の写真は、ベルリン名物2階建てバス(2階建てバスはロンドンだけではないのですよ!戦前からベルリンにも2階建てバスが走っていたのです!知っていましたか?)とクーダムの夜景
右側の写真は、同じくクーダムの夜景
私はベルリンが大好きです。その理由は、
@ 首都のわりに緑が多いこと。(街路樹,公園)
A 町全体がゆったりとした空間的余裕を持っていること。(北海道の札幌をイメージして下さい)
B 人々が優しく、人なつっこいこと。
C 歴史的な「遺跡」が多いこと。
D 店がたくさんあり、いろいろな土産物(特にスポーツ用品)がそろうこと。
です。
皆さんも、パリやロンドンではなく、ベルリンをぜひ訪れて下さい。日本とかつて同盟を組んだ友好国であり、昔の日本人の面影をいまだに持った国ドイツは我々の郷愁を駆り立てることでありましょう。この国にいると、理屈ぬきに、なぜ、日本がドイツと同盟を組んだかが文化的にもよく理解できるような気がします。
そして、ベルリンはパリとは違った「芸術の都」であるとも思います。町全体が何か新しい芸術の発信地であるかのように感じてなりません。右の写真は、新しく造られた「連邦首相官邸(Bundeskanzleramt)」です。このほか、「ベルリン中央駅(Berlin Hauptbahnhof)」,「ドイツ鉄道本社ビル」,「ソニーセンター」等の、ドイツ統一以後に建った建物は何か新しい「芸術性」を感じざるを得ません。
12月26日(月) / Montag, d. 26, Dezember, 2005
本日は、いよいよ憧れのブンデス・リガを観戦に行く日です。朝、4:50に起きてしまったので、HP作りと、メールのやり取りをしました。
こちらの早朝は日本時間のお昼頃ですから、メールのやり取りには最適な時間でしょう。
昨日の好天とは打って変わって、朝から雪が降り出しました。さすがに、顔や手、耳など外に出ている部分が刺すように痛く感じます。
ホテルのドアボーイ(ポルティエ)も何か寒そうです。粉雪が見えるでしょうか?

左の写真は、ブンデス・リガが開催されるS.C.マグデブルクのホームの体育館がある、Magdeburg Hbf(マグデブルク中央駅)
こちらも氷雪が降っておりました。
Die Bundesliga / ブンデス・リガ
試合会場: ヴェルダーラントハレ(Boerderlandhalle)
左から、ヴェルダーラントハレには中央駅から市電の6番に乗車し、ベルリナーシャウゼー(Berliner Schausee)で下車すれば目の前奥が
体育館。体育館に向う人の群れは誰も無口で・・・・・。体育館の内部(もちろんハンドボールの線しか引いてありません!)。

【写真の説明】 左側より、@ S.C.Magdeburg のマスコット人形もお出迎え。チョコレートを無料配布していました。 A S.C.Magdeburg の応援団も
集まって打ち合わせ? B,C ファンショップも大賑わい。

【写真の説明】 左側より、@今回チケットをお世話して下さった、Bernhard Klebig(ベルンハルト・クレービック)さん。
A マティアス・ズィーベルト氏の計らいでVIPラウンジに入ることができました。ここでは、アルコール等の飲み物が飲み放題で、
ビュッフェ形式の軽食も、食べ放題です。このラウンジに試合後選手やクラブの社長、審判もやってきて社交を楽しみます。
つまり、ハンドボールをだしにして他人との付き合いを楽しむという風習があるのですね。もっとも、どこかの国の協会のお偉いさん
みたいに、自分の威光を背に、ただ食い、ただ飲みするのとは全く違います。ここに来る人達は、クラブ会費を払っている熱心な
ファンなのですから、クラブをたかりの対象にしている輩とは違います。
B クラブを支える100の企業がプレート板で示されていました。我々、相模原ハンドボールクラブにもこの程度スポンサーが
いてくれたらなあと思いました。

【写真の説明】 左側より、@ 試合前のアップ風景, A 地元のバトントワラーズも応援に駆けつけた。 B 相手チームの紹介は簡素そのものだが、
自分のチームの選手は1人ずつ名前が呼ばれ、登場してくる。今回は、残念ながら、シュテファン・クレッチュマーは前の試合で怪我をしたため欠場で
あった。がっかり!

【写真の説明】 左側より、試合の写真。緑が S.C.Magdeburg で、白は相手の GWD Minden,試合は辛くもマグデブルクが勝ちました。

【写真の説明】 左側より、@ 試合後の様子。観客は「土足」でコートに自由に入り選手と話をしたり、サインをもらったり、シュートを打ったり
楽しんでいる。 A 試合後の VIP ルームの様子。監督の弁が液晶ビジョンで見られるとは凄いですな!同席させて下さった VIP の方々。
「12月30日にもここで試合があるんだけれども。もちろん見に来るよね」と言われてしまいました。
12月27日(火) / Dienstag, d. 27, Dezember, 2005

本日より、ルント・カップ(Lundspelen)が始まりました。予想よりかなり高いレベルに埼玉県選抜選手団とコーチ陣は喜んでおりました。何しろ、ここに出てくるデンマークの選手(クラブチーム単位で参加)は、ナショナル選手への登竜門となるだけに真剣そのもの。特にルーズボールに対する姿勢と、隙(間)があればシュートを打つ姿勢はかなり勉強になったのではないかと思います。
女子のヘッド・コーチの亀井先生がの話がこの大会やヨーロッパの選手のレベルを如実に表していました。
「ヨーロッパは背が高いから、体格が良いから強いので、日本人が見習うことはできないというのは間違っているのではないでしょうか。あらゆる場面に見られるボールの扱い方、ボールの動きに対する予測等、ハンドボールに必要な基本的技術が日本の選手よりしっかりと身についている点に注目しなければなりませんね。・・・・・」
この説明を聞けば、相模原ハンドボールクラブに於ける練習の「哲学」がお分かり頂けるのではないか。特に、昨年度のA高校の選手は実にそういう所が身についたので、あともう少しでベスト8に入れる所まで行ったのではないかと思います。ねぇ、チョビ君!どうでしょうか?
ところで、ルント・カップでお土産を買ってきました。相模原ハンドボールクラブに正式登録している方に申し込み順に差し上げます。
12月28日(水) / Mittwoch, d. 28, Dezember, 2005
12月29日(木) / Donnerstag, d. 29, Dezember, 2005
12月30日(金) / Freitag, d. 30, Dezember, 2005

ベルリンの地ビール「Berliner Kindle(ベルリナー キンドル)」・・・とてもおいしいビールです。
12月31日(土) / Silvestertag / Samstag, d. 31, Dezember, 2005
ガラ・ディナーをチューリヒのホテル・エンギマットで! / Gala Dinner im Engimatt, Zurich



☆ 写真一番上の段の左側より、ホテル・エンギマットの入口,受付,レストラン入口,二番目の段の左側より、暖炉,装飾,宿泊した部屋,
三段目の左側より、シェフのヴォルフガング・シュティッヒェリー氏と、ホテル支配人のフェリックス・フーバーエンゲル氏,シェフとともに,
人懐っこい、イタリア25%,ギリシア50%のウェイター氏
このホテルは、チューリヒのハンドボールクラブチーム、アミツィーツィアのスポンサーとなっているホテルです。
チューリヒの町外れにありますので、あまり、日本人観光客は来ませんが、とてもヨーロッパ的(スイス的)なアットホームなホテルで、
なんと、ここのホテルのレストラン「Orangerie(オレンゲリー)」はとてもおいしいレストランなのです。ここで催すガラディナーについて
写真で見て行きましょう。
2006年1月1日(日) / Neujahrtag / Sonntag, d. 1, Januar, 2006
新年明けましておめでとうございます!
今日は、昨年で20周年目のお付き合いになった、ザンクト・ガレン大学の体育教師、レオンツ・エーデル先生の所に行くこと
になりました。彼とは、1985年の8月ヨーロッパから日本に帰国する飛行機の機内で初めて会い、翌年彼の自宅に訪問したのが
交流の始まりでした。彼は、神戸で開催されたユニバーシアード夏季大会に参加するスイス選手団の事務局長として初来日する
所だったのです。その後、昨年夏を除き、私が欧州に出かける時は必ず彼と会い、最近ではスイスのユニバーシアード選手支援
のため、毎年100フランを寄付するようになりました。

【写真の説明】左側より、ザンクト・ガレン市を眼下に眺めながら、シュパイヒェル鉄道で坂を登ると、そこは、隣の州であるアッペンツェル・
アウサーローデン州になる。レオンツ・エーデル先生の自宅前で、ブリギッテさんとともに,彼の自宅からはスイスの素晴ら
しい景色が一望できる。
2006年1月2日(月) / Montag, d. 2, Januar, 2006



☆ 2006年1月2日(月)〜3日(火)にかけて、チューリッヒ州のWinterthur(ヴィンテルトゥール)で行われた、「イエロー・カップ」の様子。
【写真説明】
一番上の段: 以前数回日本に来たことがあり、かつて、県立城山高校と県立百合丘高校の選手がお世話になった、スイスのチューリヒ州の
左側より クラブチーム Dietikon Uldorf (ディエティコン ウルドルフ)の選手である、Sascha Schonholzer(サーシャ・ショーンホルツァー)
選手。2番目の女の子と共に(彼は日本語が話せます!), スイス・ナショナルチームと日本(大同特殊鋼)の試合の前には、
「 飛行船」もお目見えしました。また、子供たちは「土足」でコートに入り、2006年欧州選手権大会のマスコットに向けてシュート!
二段目の左側より: 大同特殊鋼×スイス・ナショナルチームの試合。結果は、スイスの勝ちとなりました。
三段目の左側より: 試合後のスイス・ナショナル選手
四段目の左側より: 試合前の大同特殊鋼の選手たち
2006年1月3日(火) / Dienstag, d. 3, Januar, 2006
ここで、プレゼントが当たるクイズです。!
HPの最初のページで、右のような写真がありましたね?これは、レオンツ・エーデル先生の
自宅の入口の向って左側に置かれているものですが、まるで、日本の昔の「箒(ほうき)」の
ような形をしたこの「物」は、スイスのこの地方では何に使うのでしょうか。
メールで送って下さい。
締め切りは、1月5日(木)18:00必着とさせて頂きます。
また、応募資格は、相模原ハンドボールクラブ会員と関係者
とさせて頂きます。正解者1名には豪華商品(今年、2月スイスで開催される、
ヨーロッパ選手権のオフィシャルTシャツを予定しています)を用意しています。
なお、正解者多数の場合はこちらで責任抽選させて頂きます。